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[No.243] 自由が丘の「自由」って何ぞや?

自由が丘の「自由」って何ぞや? 都内メジャー地名の由来を調べてみた:から一部を引用

数日前の入り口の様子です。この後で入り口がきれいに整いました。

1/14(金) 6:10配信

アーバン ライフ メトロ

東京には独特な地名が多い?

 

1.自由が丘

追記(ネット記事から引用):東京市となる前、この付近は東京府荏原郡碑衾町大字衾といった。元々は衾村で、明治22年に碑文谷村と合併して碑衾村となり、のちに町に昇格したものだ。さらに、昭和7年の東京市拡張の際、目黒町と合併して目黒区となった。

この衾というユニークな地名の由来は定かではない。民間信仰の神様の名前に由来するとも、麩(ふすま)といわれる馬の飼料の産地だったともさる。また、衾とは掛け布団のことなので、この付近の丘陵地形が衾に似ていたともいわれる。今では、八雲5丁目に衾町公園があるだけで、この他には「衾」という地名の痕跡はない。

ところで、今の東急線自由が丘駅が開業したのは昭和2年8月。当時は九品仏駅という名前だった。そして、この年の11月、自由教育を提唱する手塚岸衛がこの近くに自由ヶ丘学園を創立した。実はこれが自由が丘の由来である。

昭和4年、東急電鉄は九品仏浄真寺の表参道前に新駅を設置し、こちらを九品仏駅とした。そのため、それまでの九品仏駅は地名をとって衾町駅に改名することが決まっていたが、舞踊家の石井漠など、周辺に住んでいた文化人達の強い運動で、駅名が「自由ヶ丘」に変更されたのだ。彼らは住所も自由ヶ丘○番地と名乗り、ついに地名までが正式に衾町自由ヶ丘になって今に引き継がれている。

ちなみに地名が「自由が丘」と「が」に変わったのは昭和40年のことである。

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