比較が生む2つの有害感情:「上への嫉妬」「下への軽蔑」
昨日、30年来の知人が、お嬢さんとご一緒に私の医院を訪ねてくださいました。現在は視覚を失ったその方とこれまでの歩みを伺いながら、私自身の近況もお話しする機会となりました。
その折、心理学を学び直している彼女から「Envy up, Scorn down(上への嫉妬、下への軽蔑)」という興味深い考え方を教わりました。私も原著論文を読み、日常の実感につながる点が多いと感じましたので、要点をかみ砕いてご紹介します。
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私たちは日々、無意識に「比べる」ことで自分の位置を確かめています。比較は、ときに努力や成長のきっかけになる一方で、ストレスや落ち込み、人間関係の分断を招くこともあります。
米国の社会心理学者スーザン・T・フィスク教授は、この“比較の副作用”を「上への嫉妬(envy up)」「下への軽蔑(scorn down)」として整理し、なぜ社会がぎくしゃくしやすいのかを、アンケート、心理測定、反応時間、筋電図、神経画像など多様な方法で検討しました。
なお本稿で取り上げる論文は、フィスク教授がAPA(米国心理学会)の卓越した科学的貢献賞を受賞し、その**記念講演(受賞スピーチ)**としてAPA年次大会で行った講演内容を、本人の視点でまとめたものです。
比較が生む2つの有害感情:「上への嫉妬」「下への軽蔑」
フィスク教授によれば、上位者を見上げる比較は「うらやましい」という感情を生みやすく、そこにはときに「相手が持っていなければよかったのに」という攻撃性が混ざります。これが「上への嫉妬」です。
一方、下位者を見下ろす比較は、「相手は自分の注意に値しない」という切り捨てを生み、「下への軽蔑」につながります。どちらも、本人の心をすり減らすだけでなく、周囲との関係を損ね、結果として社会の分断を強め得る――教授はそう指摘します。
「温かさ」と「有能さ」で人を仕分けしてしまう脳
理論の柱は「ステレオタイプ内容モデル(SCM)」です。私たちは他者(個人でも集団でも)を、(1)自分に害を与えそうか=温かさ、(2)それを実行できそうか=有能さ、という2軸で素早く判断しがちだ、という考え方です。
たとえば「裕福で有能だが冷たい」と見なされた対象は嫉妬を招きやすく、逆に「地位が低く無能で冷たい」と見なされた対象は嫌悪や軽蔑の的になりやすい。こうした“自動的な仕分け”が、感情だけでなく行動(支援・無視・攻撃)まで方向づける、といいます。
もっと怖いのは「軽蔑=相手の心を考えなくなる」こと
本論文で印象的なのは、軽蔑が強い場面では、人は相手を「感情や意思をもつ存在」として捉えにくくなる、という示唆です。
脳画像研究では、他者の心を推測するときに働きやすい領域(内側前頭前野など)の反応が、特定の“低位で嫌悪されやすい”対象では弱くなる可能性が議論されます。つまり軽蔑は、単なる悪口や感情の問題にとどまらず、相手を人として理解しようとする回路そのものを鈍らせ、関係を断ち切る方向へ進みやすい――という指摘です。
嫉妬が「不幸を喜ぶ気持ち(シャーデンフロイデ)」に変わるとき
「上への嫉妬」は、相手の失敗を聞いて少し胸がすく「不幸を喜ぶ感情(シャーデンフロイデ)」につながり得ます。教授らは質問紙だけでなく、表情筋の反応(筋電図)なども用い、嫉妬が“攻撃の準備状態”になり得ることを示します。
ただし嫉妬には、努力を促す「善意の嫉妬」もあり、比較が必ずしも破壊的とは限らない点も強調されています。
分断を弱める3つの処方箋:反ステレオタイプ・共感・利害の共有
では、比較の毒を薄めるにはどうすればよいか。教授は、軽蔑や嫉妬を和らげる要因として次を挙げます。
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反ステレオタイプ情報:決めつけを崩す具体例に触れる(「思っていたのと違う」情報)。
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共感(視点取得):相手の立場・背景を想像する。温かさの知覚が上がり、切り捨てが起きにくくなる。
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結果依存(利害の共有):相手と成果が結びつくと、人は相手を理解しようとしやすい。敵ではなく“協働相手”として見る回路が働く。
眼科院長としての一言(清澤コメント)
診療の現場でも、病気そのもの以上に「周囲と比べて落ち込む」「誰かを見下してしまう」「SNSで疲れる」といった相談を耳にします。比較はゼロにはできませんが、相手を“属性”だけで切り分けず、具体的な背景や物語として捉え直すだけでも、嫉妬や軽蔑は和らぎやすいのかもしれません。
心の負担が減ることは、睡眠や生活習慣の改善につながり、結果として体調や目の不調の訴えが軽くなることもあります。今日からできる小さな工夫として、「比べて苦しくなったら、相手の背景を一つ想像する」。それだけでも分断にブレーキをかける一助になる――本講演からは、そんな実践的な示唆を受け取りました。
出典
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Fiske ST. Envy up, scorn down: How comparison divides us. American Psychologist. 2010;65(8):698–706. doi:10.1037/0003-066X.65.8.698(PMCID: PMC3825032)
※フィスク教授はAPAの卓越した科学的貢献賞を受賞し、APA年次大会で記念講演(受賞スピーチ)を行うよう招待されました。本論文は、その講演(2010年8月12~15日、サンディエゴで開催された第118回APA年次大会)を基にまとめられたものです。



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