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[No.1133] 踊り場に立つACP(Advance Care Planning),いま何が求められるのか

踊り場に立つACP,いま何が求められるのか

対談・座談会 木澤義之,竹之内沙弥香,森雅紀

2022.11.07 週刊医学界新聞(通常号):第3492号より抄出:

 2018年改訂の厚労省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」においては,「心身の状態の変化等に応じて,本人の意思は変化しうるものであり,医療・ケアの方針や,どのような生き方を望むか等を,日頃から繰り返し話し合うこと」が重要とされ,ACPAdvance Care Planning)の概念が盛り込まれた。診療報酬上の評価やがん診療連携拠点病院の要件などにおいても,本ガイドランを踏まえた意思決定支援が求められるようになっている。その一方,ACPの実践法については模索が続いており,さまざまな誤解がいまだ根強いのが現状だ。

 そんな折,米国の緩和ケア専門家からACPへの疑念が呈されたという。「医療・介護関係者が自らの足元を見つめ直す好機であり,ACPはいま踊り場にある」と考察する森雅紀氏を司会に,日本におけるACPの先駆者である木澤氏と竹之内氏を囲んだ座談会を企画した。踊り場の先に,どんな未来を見るのか。

:過去30年以上にわたり,ACPの理論・実践・実証の試みが反復されています。(1)。

1 ACPのエビデンスとアンチテーゼ(森氏作成):

 1960年代から90年代前半にかけては行き過ぎた延命治療の反省により,意思表示が難しい状態になっても患者の意向を尊重する機運が高まりました。そこで注目されたのが,事前指示書(Advance DirectiveADです。リヴィング・ウィルと代理人指示を柱とするADが,諸外国で法制化されました

 1991年には米国で「患者の自己決定権法」が施行され,その前後にSUPPORT研究では,ADを含む複合的な介入がその効果を示せませんでした。この結果を受け,「ADの完成が目的ではなく,ADを内包したコミュニケーションのプロセスが重要」とSUPPORTの研究者らが提言します。ADからより包括的なACPへと,「第2の踊り場」に立ったと言える。やがて米国で開発されたACPプログラムであるrespecting choicesが普及し,世界中の緩和ケア専門家がこの研修を受けることになります。

オピニオンリーダーによる“アンチテーゼ”をどう考えるか


 ACPの活動が普及するのに伴い,実証研究や系統的レビューが各地で行われた。コミュニケーションの改善といった短期アウトカムに関しては,一定の効果が確認されたが、長期的なアウトカムではnegative studyが相次いだ。2020年代に入って,ACPは「第3の踊り場」にある。

 緩和ケアのオピニオンリーダーであるS. Morrisonらは論考で、「ACPは本質的には理屈が通るのだけど,望むような効果がないことをエビデンスが示唆している。多くの医療者は,必要な意思決定のかなり前に患者との会話を促進しても,期待通りにその後のケアが改善されなかったことに失望しているだろう」。

木澤 冷静にとらえて、実臨床や研究費配分などで緩和ケア領域がACP一辺倒になることを危惧した故に,計算し尽くした上でのアンチテーゼだったのかもしれません。

「価値観や目標についての話し合いは重要」と誤解を解くような発言をMorrison先生がしている。

ACPを「羅針盤」とした包括的なアプローチを

 SUPPORTADの効果を示せなかった研究として解説されることがあるが,実は「患者・家族との価値観の共有」といったACPに関連する項目まで介入には含まれている。一方,アウトカムについては「DNR指示の頻度や時期」など医学的な項目を設定した上で,「群間差なし」と結論付けています。

木澤 ACPのプロセスを通じて価値観を患者・家族・医療者間で共有するのはもちろんのこと,実臨床における医療・ケア,言い換えれば「緩和ケアの実践」にまで反映させなければ医学的アウトカムは変わらない。

 介入群で行われた内容を時系列に整理したデータをみると,時期を通じて患者のコーピングを支援しつつ,ACPや治療の意思決定,今後の療養場所の話し合いなどが行われました(2)。包括的なアプローチを行うことによって,QOLや抑うつが改善され,ホスピスケアを受ける割合も高まっている。

2 早期からの緩和ケアの経時的な介入内容(文献7より)

 

竹之内 早期からの緩和ケアの過程において,ACPのマインドやコミュニケーションスキルを初期より取り入れていくことが重要。

「幸せな瞬間」をかなえてあげたい全ての医療者のためのACP

 日本でのACP実践をどう進めていくのが望ましいか。

竹之内 「聴く力」を伸ばさない限りはACP実践の質は向上しない。

木澤 気がかりなのは,複数の病院・診療科にかかる患者さんの存在です。同じ話を何度もさせるのは申し訳ないし,効率も悪い。

竹之内 SICPによるエビデンスを示して,診療報酬上の評価につなげるのが理想ですね。

竹之内 ACPの話し合いを医療従事者が支援することで,「自分の気持ちや大事にしたいことを家族にわかってもらって安心した」と述べる方が意外と多かった。重い病と折り合いをつけながら長年治療をされてきた方ですら,将来の心づもりについて「あえて家族とそんな話はしない」と仰る。

木澤 代理意思決定者が本人の意向を代弁できない限り,医療・ケアの質は変わらない。

竹之内 ほかには「元気なうちにやりたいことをできてよかった」という話も出てくる。

 「幸せな死」はないかもしれないが,死にゆく過程には幸せを感じられる瞬間がたくさんあるかもしれない。でも行き過ぎた延命治療が時にその妨げになったり,将来の心づもりを話し合わないことで幸せな瞬間を感じる機会が持てなくなったりする。

本人の価値観をどうくみ取るか

竹之内 ACPの定義を確認。「本人を主体として,家族等の信頼できる人や医療・ケアチームが一緒に,将来の治療やケアについて話し合っていくプロセスを指す」という共通点がある。

 そして本年9月日本版ACPの定義が宮下淳(福島県立医大白河総合アカデミー教授)らによって発表された。

 宮下淳氏らによる日本版ACPの定義(文献12より)

 

木澤 本人の意向が何よりも重要。医療・ケアチームがいてもいなくてもACPはできるし,その実践が推奨される。

 「大切にしている価値観は何ですか」と聞かれても,うまく答えられない。

竹之内 病気のことはいったん脇に置いてライフ・ヒストリー,つまりその方が生きてきた人生,生活や仕事に関する過去の出来事を聴くようにしている。すると,その人が大事にしてることや価値観が見えてくる。特に,幸福感の高低をもたらしたライフ・イベントや,落ち込んだときの心の支えといった「気持ちの浮き沈み」の経験は,その人の価値観が反映される場合が多いので掘り下げて聴く。

木澤 私の場合は,面談の目的について共通の理解を得るところからスタートする。「お話の内容によっては今後の治療・ケアの方針が変わってくるので,詳しく聞かせてください」と伝えると,割と率直に話し出してくれます。その上で最も大事にしているのは,価値観を知るなど大上段に構えるのでなく,「相手に興味を持つこと」。これはACPの実践において,本質的なこと。

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