緑内障

[No.1161] Posner-Schlossman症候群における眼圧上昇へのオートタキシンの関与: 五十嵐希望、総説論文採録

清澤のコメント:ポスナーシュロスマン症候群の原因にはウイルス感染説もあったが、一般的には原因不明などとされてきていた。今回のこの令和3年度日本眼科学界学術奨励賞受賞論文総説を読むと、この疾患がサイトメガロウイルス感染に伴う変化であるという事が公認されたようだ。この総説を自分なりに読ませていただき、概要を以下に抄出してみる。(従来の常識的な説明は末尾にリンクする。)

ーーー論文の要点ーーー

第126巻第11号

総説

令和3年度日本眼科学会学術奨励賞 受賞論文総説
Posner-Schlossman症候群における眼圧上昇へのオートタキシンの関与
五十嵐 希望  東京大学大学院医学系研究科眼科学教室
キーワード
オートタキシン(ATX), Posner-Schlossman症候群(PSS), サイトメガロウイルス(CMV), 続発緑内障, 線維柱帯(TM)

 

我々は過去にリゾフォスファチジン酸(LPA)の産生酵素であるオートタキシン(ATX)が緑内障の病型ごとに前房水中で高値を示し,線維柱帯(TM)の線維化に影響するほか,眼圧上昇に関与することを報告した.本研究では,前房水中のサイトメガロウイルス(CMV)が陽性となったPosner-Schlossman症候群(PSS)患者における前房水中のATX濃度,および従来から開放隅角緑内障(OAG)の病態への関与が指摘されているtransforming growth factor(TGF)-βの濃度の,眼圧上昇への関与を検証した.CMV陽性PSS患者の前房水中ではATXおよびTGF-β1濃度が上昇しており,ATX濃度は眼圧と正の相関を示したヒトTM細胞(hTMs)をCMVに感染させたところ,ATXおよびTGF-β1の発現が上昇した.hTMsをCMVに感染させた培養上清を条件培地として作製し,hTMsおよびサルのSchlemm管内皮細胞(SCEs)に曝露したところ,hTMsの線維化が促進され,またSCEsの流出抵抗が増加した.これらの変化はATX阻害薬・LPA受容体拮抗薬・Rhoキナーゼ(ROCK)阻害薬を添加することで抑制された.以上より,CMV感染によって前房水中のATX濃度が上昇し,TMの線維化および流出抵抗の増加を介して眼圧上昇が生じている可能性が示唆された.ATX-LPA経路および下流シグナルの抑制は,PSSに伴う続発緑内障の新たな治療のターゲットになりうる可能性が示唆された.(日眼会誌126:933-940,2022)

I は じ め に
緑内障は世界的に失明原因の第二位になっており,著明な眼圧(intraocular pressure:IOP)上昇は視神経障害を来す1-3).前房水の線維柱帯(trabecular meshwork:TM)を介した流出障害によりIOP上昇が生じる.IOP上昇は緑内障のいずれの病型においても重要なリスク因子であり,IOP下降により緑内障の進行を遅らせることができる2-6)Posner-Schlossman症候群(Posner-Schlossman syndrome:PSS)のようなぶどう膜炎においては,長期間遷延する治療抵抗性のIOP上昇を生じることがある7-9)PSSの病態にはサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)感染の関与が指摘されており,PSS患者の前房水中を検査したところ,52.2%でCMVの陽性が確認されたという報告も存在する10)11).また,CMVウイルスコピー数が多いことが治療抵抗性のIOP上昇のリスク因子になることも指摘されている12)
CMV陽性のPSS患者におけるIOP上昇はTMおよびSchlemm管内皮(Schlemm canal endothelium:SCE)の機能不全および前房水中のサイトカインの上昇によるとされているが,その機序は未だに明らかになっていない13-15).CMV陽性のPSS患者の予後を改善するためには,IOP上昇の機序を解明する必要がある.我々は過去に,生理活性脂質の一つであるリゾフォスファチジン酸(lysophosphatidic acid:LPA)の産生酵素であるオートタキシン(autotaxin:ATX)の濃度が緑内障患者の前房水中で上昇し,特に続発開放隅角緑内障(secondary open angle glaucoma:SOAG)患者(本研究にはPSS,サルコイドーシス,Behçet病などが含まれる)の前房水中で著明に上昇しIOPと正の相関を示していること,またTMの線維化を引き起こすことを報告している16)17).ATX-LPA経路は,TM以外の臓器でも線維化やさまざまな生命応答に関与していることが報告されている18-21)
本検討では,CMV陽性のPSS患者のIOP上昇におけるATX-LPA経路の関与を明らかにすることを目的として,CMV陽性のPSS患者の前房水中のATX濃度を評価し,またヒトTM細胞(human TM cells:hTMs)をCMVに感染させた培養上清を条件培地として,hTMsをこの条件培地に曝露した際の線維化および主経路における流出抵抗の変化を検討した.

II PSS症例の前房水中のATXおよびtransforming growth factor(TGF)-β1濃度

III CMV感染したhTMs(ヒトTM細胞:human TM cells)におけるATX(オートタキシン:autotaxin)およびTGF-β1の発現の上昇

IV CMV感染によってhTMから分泌されるATXによりhTMの線維化が生じる

V CMV感染によってhTMから分泌されるATXによりサルのSCE細胞(SCE cells:SCEs)の流出抵抗の増大が生じる

VI ま と め
本研究の目的は,CMV陽性のPSS患者の前房水中においてATX濃度が上昇しているかを評価し,またCMV感染に伴ってhTMsからの分泌が亢進するATXの,IOP上昇の病態への関与を検証することである.本検討で得られた結果から,CMV陽性のPSS患者におけるIOP上昇へのATX-LPA経路の関与を示すことができた.また,ATX阻害薬,LPA受容体拮抗薬,ROCK阻害薬,ALK選択的阻害薬の添加によって,ATX-LPA経路によって誘導されるhTMsやSCEsの線維化および流出抵抗の増大が抑制されることも報告することができた.本研究で検討した前房水サンプル中では,PSS(CMV-/SOAG-)群とPSS(CMV+/SOAG-)群の間で前房水中のATX濃度に有意差を認めなかったが,IOP上昇と前房水中のATX濃度は正の相関を示したこと,および本研究で検討したPSS(CMV+/SOAG-)群においてはPSS(CMV+/SOAG+)群のような前房水中のATX濃度の有意な上昇を認めなかったことから,PSS(CMV+/SOAG-)群ではPSS(CMV+/SOAG+)群に比較してCMVに感染したhTMsの数が少なかった,もしくはhTMsの反応性の違いなどにより前房水中のATX濃度が有意な上昇を示さず,IOP上昇が認められなかった可能性などが考えられる.これらの知見から,ATX-LPA経路がCMV陽性のPSSを含めたSOAGの新規の治療ターゲットとなる可能性が示唆された.

図9画像拡大
文献:略

 

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