神経眼科

[No.346] 半盲の病巣と対策  江本博文 清澤源弘 (脳卒中の最前線より)

清澤のコメント:脳卒中の後4か月が過ぎ、半盲が残ったのだがその回復を目指せないか?という遠方からの質問の電話を戴いた。後大脳動脈梗塞による後頭葉視覚領の脳梗塞だったらしい。まだ40歳以前と若いのだが、特に不整脈などの脳梗塞の原因は見つからず、現在もアスピリンが処方されているという。発症直後であれば、脳外科で血栓溶解療法なども考えられるかもしれないが、数か月が過ぎていれば、その手もないだろう。そもそも訴えている半盲が完全な半盲かどうかを、ゴールドマン視野計で一度は評価しておきたい。足を運んでいただいてもそれほど有効なアドバイスも難しかろうと考えた。そこで、日本神経眼科学会のホームページで神経眼科相談医を探して、住所に近い神経眼科医への相談をお勧めした。県に一人程度の地方も多いが、相談には乗ってもらえるだろう。視野欠損としての身体障害者認定も考えられるかもしれない。

  ーーーー以前の原稿再録ーーーー

半盲の病巣と対策  江本博文 清澤源弘 (脳卒中の最前線より)

半盲の病巣と対策  江本博文 清澤源弘

(以前に出版された成書「脳卒中最前線」よりの私たちの原稿です)
脳卒中最前線

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脳卒中後遺症としての視機能障害には,眼球運動障害,視野欠損,視覚失認などがある.しかし実際には,脳卒中後遺症以前の問題として,リハビリテーションが必要な脳卒中患者で,眼科的な評価が不十分であることも稀ではない.このため,脳卒中後遺症とは関係がなく比較的治療が容易な,屈折異常,白内障,緑内障などでさえ放置されているケースもあるので,注意が必要である.

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視機能障害は,独立した転倒の危険因子として知られているが,リハビリテーションを行う上でも障害となる.脳卒中後の視機能障害は,片麻痺など,視機能障害以外の脳卒中後遺症を増悪させ,姿勢維持も影響を受ける.実際,認知機能が正常な老健施設入所者では,視機能障害とADLの低下に,強い相関が認められる.

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視機能障害を放置すると,不必要なケアが多くなり,介助者の負担も大きくなる.また,目が見えにくいと,介助者のみならず,患者の満足度,気分にも影響する.実際に,高齢者のうつは脳卒中と視機能障害に関連が見られる.

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以上のことからわかるように,リハビリテーションの効果を十分発揮するには,脳卒中患者の眼科的な評価と治療が必要である.そのためには,脳卒中のチーム医療のメンバーとして,眼科医が加わることが重要で,視機能障害,眼球運動障害,視野欠損,視覚失認などをモニタリングしながら,リハビリテーションの計画を修正しつつ実行し,治療を進めていく.

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視野欠損は,脳卒中以外の疾患で起こることも多いが,脳卒中急性期では,約20%に合併し,半盲の形をとる.半盲は視神経が半交叉することにより起こる状態である.
ものを認知するのにはまず網膜を受容器としてその物体の形状,色,明るさ,位置,運動を感知し、主として後頭葉に投射して知覚している.その経路につき略記する.

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1. 物体は網膜上に像を結ぶ.右側の物体は網膜の左側に,上方のものは網膜下方にと,点対照的に像を結ぶ.視野検査は明と暗の中間の明るさで行うのがよい.

2. 網膜の視細胞1個の神経線維がそのまま後頭葉に投射されるのではなく,視覚情報は網膜内の双極細胞層,神経節細胞層などで情報処理されてから視神経に伝えられる.

3. 視交叉で両眼ともに鼻側の視神経線維のみが交叉し,耳側の線維は引き続き同側を走る(半交叉).交叉後の神経線維を視束といい,右の視束は両眼の右半分の網膜からの線維を受け,両眼ともに左側の視野を投影する.交叉後の障害(視束)では同名半盲となる.

4. 視束が外側膝状体でシナプスを乗り換え視放線となる.視放線の中では左右の網膜対応点の線維がほぼ並行して走行するが,途中で放散しながら迂曲するのでこの部位の障害は相似の欠損が多く,多彩で非調和性の視野像を示す.

5. 視放線は後頭葉視覚野に終わるが,網膜の神経節細胞とV1野の神経細胞は規則正しく結合され,V1野と両眼の網膜には点対点の対応がある.したがってV1野の障害による同名半盲は,ほとんど左右眼が相同の調和性の高い欠損となる.片側の鳥距溝の上唇には対側下方1/4視野,下唇には対側上方1/4視野が投射し,V1野後端は中心視野が相応している.

6. 情報はさらにV2野~V5野を経て視覚連合野に運ばれるが,形体視に関する情報は側頭葉に伝達され,その障害では相貌失認,失読などが出現する。また、空間視の情報は頭頂葉に伝達され,その障害では空間見当識障害,半側無視などが出現する.

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病因と症状

脳卒中後の患者では,約10%に視野欠損を合併すると報告されている.視野欠損は経過と共に多少なりとも改善することが多い.視覚失認は,大脳半球の脳卒中の約50%~80%に見られるとの報告がある.視覚失認は,視野欠損との鑑別が困難な時があり,両者を合併している時もある.これも自然回復することが多く,発症後10日間で最も回復して,発症後3週では脳卒中患者の約10%に視覚失認を認めるだけとなり、発症の3カ月後に回復はプラトーに達するとされている.

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図1 網膜より上位の視覚路の障害部位による視野欠損の模式 図1).
脳卒中図1

図1のごとく障害される視路の位置,程度によりさまざまな同名半盲を生じる.眼底出血などの網膜の病変は実性暗点として自覚されるが,視神経から視覚野までの障害では虚性暗点となり見えていないことを自覚しない.自分では見えると思っているので自転車,自動車を運転して側溝に落ちたり,テーブルの上の茶碗をひっくり返すとか,読書で次の行の文頭が探しにくいことなどの問題が起こる.V1野障害に見られることのある黄斑回避があれば半盲側の視野も中心3°ぐらいが残り,視力もよいのでほとんど正常の生活ができる.
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検査

ベッドサイドで行うには対座法が実用的である.注意点は

1.視標は見えないところから見えるところへ,周辺から中心に向かって角度5°を1秒で動かすつもりでゆっくり動かす,

2.視標を振らない,

3.視野評価に逆光は避け,少し暗めのところがよい.普通の診察室や病室は,明るすぎて不適当であるが,患者の日常生活での半盲の状態を検査するのには明室でよい,

4.同じ視標を両手に持って半盲部と健常部を同時刺激すると違いがわかって検出しやすくなる.

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リハビリテーションと半盲の対策

トレーニングで視野そのものを拡大させることは不可能であるが,脳卒中の半盲の約半数は3カ月である程度は回復する.半盲側を絶えず意識し,その方向に頭部を向けたり,視線を動かすように指導する.必要品を半盲部に置く,食事の皿を分散する,声を半盲側からかけるなどして訓練する.

自宅では危険のないように家具の配置や足元の物品にも配慮する.外出での付き添いは,健常視野側についた方が患者には安心感がある.読書の際に左側同名半盲では,次の段落を見つけるのが困難である.次の文頭を指で押さえてマークすると,視線の移動が容易になる.

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両眼ともにプリズムの基底を半盲側にして装用する方法がある.半盲部からの光線はプリズムで屈曲されて眼底の健常部に投影されるので視野が拡大する.プリズムレンズは5プリズムジオプターつまり2°の拡大が限度だが,見やすくはなる.
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実像とプリズムを通して見る像とで視差が生じるので,慣れが必要となる.高齢者では座ってテレビで見るのにはよいが,歩行には不適当である.最近では10プリズムジオプターのビニール製フレネル膜プリズムを自分の眼鏡に貼り付けることで、重く厚いプリズムの欠点は改善されたとの報告があるが,視力はやや低下し、美容的な問題は残る.

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文献

1) 中里啓子・他:プリズムレンズ装用による半盲治療.臨床眼科,55:1134-1138,2001.

2)  Jones SA, Shinton RA. Improving outcome in stroke patients with visual problems. Age and Ageing 35:560-565,2006.
参考図書

3)  H.W. ケルメン著,井上有史・他訳:視覚の神経学.シュプリンガー・フェアラーク東京,1990.

4)  S. ゼキ著,河内十郎訳:脳のヴィジョン.医学書院,東京,1995.

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今日も最後まで眼を通してくださりありがとうございます。

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