小児の眼科疾患

[No.1116] 狸も狐もいる秋(藤原一枝 コラム):乳児虐待事件の闇

狸も狐もいる秋、薬事新報 No. 3278(2022)から今日のクスリは(266) 藤原QOL研究所 代表、元都立墨東病院脳神経外科医長 藤原 一枝 を著者の許可を得て引用。

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 布川事件とは,1967年 8 月茨城県利根町布川で発生した強盗殺人事件。捜査が難航する中,茨城県警は地元で素行の悪かった若者・桜井昌司さんと杉山卓男さんを別件逮捕し,長時間に及ぶ取り調べの末,虚偽の「自白」をさせて,物証がないままで検察は起訴した。無期懲役で29年の獄中生活を経て仮出獄となり,2005年 9 月水戸地裁土浦支部でやっと再審開始決定。 2011年 5 月24日,44年かけて無罪が確定したものだ。警察・検察・裁判所のあり方が問われた事件だ。
 20歳で殺人犯にされた,その桜井昌司さんは「冤罪犠牲者の会」を立ち上げて全国を飛び回り,成果を上げている。類い稀なしなやかな姿を,金
聖雄監督がドキュメンタリー映画『オレの記念日』にまとめた。
 東京の「ポレポレ東中野」で10月 8 日から封切りだった。翌日の上映後の監督のトークの相手は,ある日突然,通勤・通学の電車で「痴漢」の犯人にされる冤罪事件を扱った『それでもボクはやっていない』(2006年完成,翌年 1 月から公開)の周防正行監督だった。そのモデルが 1 審の有罪を即上告し,無罪を勝ち得た背景には,「周囲の理解と,支援者の輪を広げることがあった」と聞いた。全国各地での上映を強く願う。
      *
 刑事事件とは違うが,児童虐待と間違えられやすい頭部外傷「中村 1 型」が同じような目に遭っている。
 一時保護は児童福祉法第33条により,「児童相談所長が必要と認めるときは保護者の同意がなくても職権により一時保護ができる」という非常に強力な行政権限である。第三者機関のチェックがなかったので,誤認でも一時保護された人は虐待扱いのままだ。
 今年 5 月に成立の改正児童福祉法では,親の同意がない場合には事前に司法審査を導入することが決まったが,実行は 2 年後からだ。
 そんな強権を持つ人物は, 7 月 1 日現在,全国に229人いるのだが,今日は 2 人を取り上げる。
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 前回(265号)に紹介したのは,座位からの転倒を第三者が見ていたのに,土浦児童相談所の一時保護が 3 ヵ月を過ぎても終わりそうにない家族だった。 9 月末に,カルテと放射線画像と眼底写真画像が送られてきた。履歴と画像から,転倒で架橋静脈が切れそうな素因を持った,まさに乳児の「中村 1 型」であった。
 10月に入ると急展開で,乳児は10月 7 日自宅に戻ってきたのだが,一時保護解除通知書は付いていなかった。
 家族が 8 月に依頼していた診療情報提供書が解禁になった(健康保険証が親に戻るので)からと,病院の事務から渡された小児科・脳神経外科・眼科からの封書 3 通が10月12日に届いた。「セカンドオピニオン」とか「経過観察依頼」と書いてあったのだが,一通には,病名「急性硬膜下血腫,虐待疑い」とあった。前任者がそういう思い込みをしている患者さんをそのまま引き継ぐことはできない。
 そこで,翌々日病院責任者に会いに行くことにした。茨城県は不案内だったので,布川や霞ヶ浦をイメージして,「狸や河童に騙されないにしよう」とは思っていたが,行路に倍の時間を要した。
 責任者は,児の状態が良かったにもかかわらず,通告から一時保護までの期間が数日とすこぶる早かったことを不審に思ったことと, 4 ヵ月に近い一時保護の継続は児に良くないこと,そもそも児相からのフィードバックがないので実情を知らないと正直に話された。カルテにも記載があったが,眼底出血の評価は日本小児科学会に問い合わせたことも明らかにした。
 眼底写真だけで,事故か虐待か判定できるマーカーなどないのに, 2 人
の眼科医が虐待の可能性を挙げたのを,児相は根拠にしていた。だが,私
は畏友からこう聞いている。
 「 7 月に国際的専門誌Child’s Nervous Systemに出たフィラデルフィア
小児病院のChristian CW(小児科),Binenbaum G(眼科医)の総説では,眼底出血の所見で,外傷か内因かは明確に鑑別ができる。しかし,外傷性の原因が,事故であるのか虐待であるのかの鑑別は,所見のオーバーラップがあり,慎重であるべきである。この鑑別は,眼底出血の重症度と眼以外の損傷内容を参考に,虐待専門チームが養育者からの既往歴の信憑性を検討してなされる必要がある。」と。
 症例の少ない日本は出遅れているらしい。
 迎車料金740円で20分待つ契約で乗ったタクシーで,漆黒の道を駅に急ぐ。運転手さんに,「今日は狸に騙されるような一日でした」と疲れを伝えると,「お客さん,狸もいるけど,ここらは狐も出るよ」と返された。さらに空腹に「駅弁売っているかしら」と問うと,「聞いたことがない」。
 土浦児童相談所の川島由加里所長は,既に母親の実家への転居・同居も履行させた上で,「家庭引き取りにあたっての安全・安心プラン」を示し,両親・母方祖母・母方叔母の署名捺印を求めていた。大時代的である。
 父母,母方祖母,母方叔母が守る約束事には,「父母子だけの時間ができないように,養育に関わること」と,風呂や就寝,保育園の送り迎えが記され,児童相談所が経過確認をすることが強調されていた。
 そして,「 2 人目の子どもが12月に生まれたら,おばあちゃん(母方祖母)が仕事を辞めること,それができなければ保育園に入園させてほしい」と電話が来て,諾の返事をしたら,解除決定書は19日付けで届いた。
 解除事由は執拗に,「身体的虐待の疑いは残るが,父母はネグレクトについて認め反省し,子どもの安全・安心を中心に捉えた養育体制及び在宅支援が確認されたため」。指導措置はなかった。
         *
 昨年10月 4 日に千葉県中央児童相談所に一時保護され 4 ヵ月,面会が一度もなかったつかまり立ち転倒の児の両親は, 2 月 4 日の一時保護解除日に渡された「虐待親用の児童福祉司指導措置」に対し即座に行政不服審査を出していた。育児介助に,狭いマンションに父方祖父の同居が命じられていたからだ。
 この10月14日に県知事から来た裁決は,「 8 月24日に児相が「指導措置解除通知書」を出して,請求者にはもう利益はないので,不適法で審査請求却下だ」と言う。 5 月19日付で終結の審理員意見書が添付され,児相の考え方が分かったのは収穫だったが, 5 月から 8 月の県知事諮問機関の議論は公表されず,「審査請求の限界」を味わった。
 この県中央児相は,2018年 4 月から今年 3 月まで奥野智禎所長だった。「虐待死の野田小 4 年の栗原心愛ちゃんの一時保護解除は早まったのでは?」というミスが指摘された時期の柏児相所長だったが,文書訓告で終わっていた人物……。
 彼は,「千葉県子ども虐待対応マニュアル」2020年 3 月版作成の19人(市町村 8 人,児童相談所6 人,千葉県DV対策部 2 人,千葉県児童家庭課3 人)の一委員でもあった。そのマニュアルの,囲い記事にまだこんな踏襲された根拠のない過大な数字が踊っている。
 彼はこの春定年退職したが,まだまだ誤認と冤罪は起こりそうである。
児童相談所が心配していること
 今回,Aさんに重大なケガ(硬膜下血腫及び眼底出血)があり,児童相談所ではAさんの安全を図った上で調査が必要であると判断し,一時保護を行いました。お父さん,お母さん,ご親族と面接を重ね,硬膜下血腫についてはお父さん,お母さんの説明で起こり得るが,眼底出血については説明とは矛盾点があり,お父さん,お母さんがお話しされていることよりも,もっと重大なことが起きていた可能性もあり,身体的虐待の疑いも残ります。家庭引き取り後も,Aさんが家庭で安心安全に生活できるように,Aさん両親から提出いただいたプランをもとに,以下の約束事を守り,引き続き安全の証明を行っていただきます。

 父母,母方祖母,母方叔母が守る約束事には,「父母子だけの時間ができないように,養育に関わること」と,風呂や就寝,保育園の送り迎えが記され,児童相談所が経過確認をすることが強調されていた。
 そして,「 2 人目の子どもが12月に生まれたら,おばあちゃん(母方祖母)が仕事を辞めること,それができなければ保育園に入園させてほしい」と電話が来て,諾の返事をしたら,解除決定書は19日付けで届いた。
 解除事由は執拗に,「身体的虐待の疑いは残るが,父母はネグレクトについて認め反省し,子どもの安全・安心を中心に捉えた養育体制及び在宅支援が確認されたため」。指導措置はなかった。
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 昨年10月 4 日に千葉県中央児童相談所に一時保護され 4 ヵ月,面会が一度もなかったつかまり立ち転倒の児の両親は, 2 月 4 日の一時保護解除日に渡された「虐待親用の児童福祉司指導措置」に対し即座に行政不服審査を出していた。育児介助に,狭いマンションに父方祖父の同居が命じられていたからだ。
 この10月14日に県知事から来た裁決は,「 8 月24日に児相が「指導措置解除通知書」を出して,請求者にはもう利益はないので,不適法で審査請求却下だ」と言う。 5 月19日付で終結の審理員意見書が添付され,児相の考え方が分かったのは収穫だったが, 5 月から 8 月の県知事諮問機関の議論は公表されず,「審査請求の限界」を味わった。
 この県中央児相は,2018年 4 月から今年 3 月まで奥野智禎所長だった。「虐待死の野田小 4 年の栗原心愛ちゃんの一時保護解除は早まったのでは?」
というミスが指摘された時期の柏児相所長だったが,文書訓告で終わっていた人物……。
 彼は,「千葉県子ども虐待対応マニュアル」2020年 3 月版作成の19人(市町村 8 人,児童相談所6 人,千葉県DV対策部 2 人,千葉県児童家庭課3 人)の一委員でもあった。そのマニュアルの,囲い記事にまだこんな踏襲された根拠のない過大な数字が踊っている。

参考として,医療に関する知識 ① 硬膜下血腫(歩行開始前の乳児の硬膜下血腫の95%は虐待と言われている)

彼はこの春定年退職したが,まだまだ誤認と冤罪は起こりそうである。
カット:岩永 泉

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