RPE65網膜症に対する遺伝子治療「ボレチゲン・ネパルボベック(Luxturna)」
日本の第III相試験が示した有効性と安全性
(出典:Ophthalmology Science 第5巻6号, 100876, 2025 / 筆頭著者:Kaoru Fujinami, MD, PhD)
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●背景
RPE65網膜症は、生まれつき網膜の視覚サイクルがうまく働かないために、幼少期から夜盲や視力低下が進む「遺伝性網膜ジストロフィー(IRD)」のひとつです。原因は、RPE65という酵素をつくる遺伝子に両親由来の病的変異がそろってしまうこと。視力は小児期から低く、視野は次第に狭くなり、多くの患者さんが若年成人期までに失明に至る重い病気です。
近年、欧米では「ボレチゲン・ネパルボベック(商品名:Luxturna)」という遺伝子治療が承認され、RPE65遺伝子を運ぶアデノ随伴ウイルス(AAV2)ベクターを網膜下に注射することで、本来の酵素を補い、視覚機能の改善をめざす治療が実用化されています。しかし、これまでの国際的な臨床試験は主に白人集団が中心で、日本人でのデータは限られていました。
●目的
今回の研究は、日本人のRPE65網膜症患者に対して、ボレチゲン・ネパルボベック(VN)が本当に効果があり、安全に使えるかどうかを検証する第III相試験です。日本での保険適用に向けて必要とされたデータであり、その最終成績がまとまって報告されています。
●方法
試験には4名の患者さんが参加しました。
参加条件は以下の通りです。
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RPE65網膜症であること(遺伝学的に確認)
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年齢4歳以上
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視力が20/60より悪い、または視野角が20度未満
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OCTなどで網膜細胞が十分残っている
治療は両眼の硝子体手術のうえで、ボレチゲン・ネパルボベック(1.5×10¹¹vg/0.3mL)を網膜下に注射する方法で行われました。
効果の指標となったのは以下の3つです。
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FST(光感受性検査):まぶしさに対する網膜の反応を数値化
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運動視野(GP)
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視力(BCVA, LogMAR)
治療後1年間の変化を調べ、安全性は有害事象の有無や眼科検査で評価されました。
●結果
参加者の平均年齢は31歳で、うち3名は同じホモ接合性の遺伝子変異をもっていました。
1)光感受性(FST)の改善
治療1年後、4名の平均で –1.83 log(cd·s/m²) 改善。
これは、患者さんが光を感じる能力が大きく上がったことを示します。
2)視野(GP)の改善
視野の総面積は、平均で +427.8度 と拡大しました。
患者によって幅はありますが、日常生活の見え方の改善を裏付ける数字です。
3)視力(BCVA)の変化
平均 –0.033 LogMAR と、わずかですが改善傾向。
視力は元々低い症例が多く、視野や光感受性の変化のほうが特徴的でした。
4)安全性
重篤な有害事象は1例ありましたが(卵巣嚢腫捻転)、治療との関連は否定されました。
眼科的な合併症は治療と直接結びつく重いものはなく、全体として安全性は良好と評価されました。
●結論
今回の日本での第III相試験は、RPE65網膜症に対し、遺伝子治療が日本人でも有効で、安全に行えることを明確に示した初のデータです。光に対する反応性と視野の改善が1年後まで持続し、5年間の追跡でも忍容性が高いことが確認されています。
これらの成績をもとに、ボレチゲン・ネパルボベックは2023年に日本でも承認され、今後は適応患者に対して治療提供が可能になりました。
●清澤のコメント
元論文に目を通した時よりもこのまとめで全体像がだいぶんつかめましたが、依然としてどの程度の手ごたえで改善したのかはわたくしにはよく理解できていません。RPE65網膜症は従来「治らない遺伝病」とされてきましたが、ついに遺伝子レベルで治療する時代が始まりました。もちろん適応条件は厳しく、治療できる施設も限られます。しかし「失われるだけの視機能に、回復の可能性がある」ことは、患者さんにとって大きな希望だと思います。今後も遺伝性眼疾患の治療は大きく進むでしょう。



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