清澤のコメント:結膜弛緩症は、高齢者の眼球結膜が弛緩して開閉瞼に伴う摩擦による異物感を訴えるものです。かつて、私も日経メディカルに結膜弛緩の解説を書かせていただいたきました。その外科的処置の利用範囲は広く、クリニックで施行できれば患者さんへの利益は大きいです。最近の眼科医は、白内障をはじめとする、自分の得意とする定型的な手術や処置以外には手を広げない傾向があるように感じられます。もしその診療所でその処置を行わない場合でも、眼科医がその処置の概要と利点および欠点を的確に認知して、それを得意とする医師に必要時には紹介することが肝要であると考えられます。今回、日本の眼科のわかりやすい臨床講座に「結膜弛緩症」が東京歯科大学市川総合病院眼科の島﨑潤先生によってまとめられました。この記事を参考にして、患者さんに結膜弛緩症の処置のために専門医を受診させるために必要な知識をまとめて解説してみよう。私の以前の記事も併せてご覧ください。
ーー島崎先生記事抄出ーーー
〔要約〕 結膜弛緩症は,高齢者に多くみられる眼表面の異常である。慢性の異物感,流涙,繰り返す結膜下出血の原因となる場合には外科的治療の対象となる。手術には,結膜切除法,焼灼法,強膜縫着法などがあり,適切な症例と術式の選択を行えば,クリニックでも安全に満足度の高い結果を得ることができる。
は じ め に: 結膜弛緩症は,球結膜の弛緩によって眼瞼縁と眼球の間に生じる皺壁状の変化をいう。加齢にともなって頻度を増し,70 歳以上では程度の差はあってもほとんど全例で存在する。結膜弛緩症は近年,慢性の眼不快感の原因として注目されてきており,その手術療法にも関心が集まっている。本稿では,結膜弛緩症の症状と病態,治療の適応と実際の手術方法について取り上げる。
Ⅰ.症状と病態
結膜弛緩症の病態は,結膜と強膜の癒着の低下であり,組織学的には,結膜下の膠原線維・弾性線維の変性が生じている。結膜弛緩症発症のメカニズムは明らかではないが,炎症と瞬目・眼球運動に伴う機械的な刺激の関与が示唆されている。結膜弛緩症は通常,下方球結膜にみられるものを指すが,上輪部角結膜炎の発症に上方球結膜の弛緩が関与しているという報告もある。ドライアイ患者に比べて結膜弛緩症では,下向きの際に症状が増悪し,読書時に霧視,灼熱感,乾燥感が増える。また通常のドライアイでは,一日の後半に症状が悪化するのに対して,結膜弛緩症では眼不快感が起床時に強いことも特徴である。
Ⅱ.結膜弛緩症と眼表面
弛緩した結膜は,涙液メニスカスの部位を占拠するので,メニスカスの働き(表 1)が阻害され慢性眼不快感の要因の一つとなる。メニスカスには,眼表面の涙液の 80〜90%が貯留しているので,弛緩結膜によってメニスカスが占拠されると涙液貯留量の低下をきたす。また,点眼液も眼表面に留まりにくくなるためにその効果が低下する。
もともと涙液分泌が低下している症例では,角結膜上への涙液供給が低下し,上皮障害を悪化させる。特に弛緩結膜に接する部位では涙液層が菲薄化して上皮障害を起こしやすい。また涙液分泌が保たれている例で,鼻側に結膜弛緩が見られる場合,涙点への涙液の流れが抑制されて間欠的な流涙をきたすことがある。明らかな流涙をきたさなくても,涙液クリアランス(新陳代謝)の低下を生じさせるために,慢性炎症を引き起こす悪化要因となる。結膜弛緩症では,機械的刺激による不快感や結膜下出血の原因にもなる。特に,弛緩結膜表面に上皮障害がある例では異物感が強くなる傾向がある。
表 1 涙液メニスカスの機能
1) 涙液を貯留させる
2) 涙液の流れ道を形成する
3) 瞬目に伴って角結膜表面へ涙液を供給する
Ⅲ.診断と手術適応の決定
結膜弛緩症の診断は,中等度以上ではスリットランプで容易に行うことができる。間歇的な異物感を訴える例では,強く閉瞼させると弛緩結膜が瞼縁から顔を出すことがあり,診断の助けとなる(強制閉瞼試験)。フルオレセイン染色を行うことで,眼表面や涙液層との関連をより明らかに観察することができる。上述のごとく,結膜弛緩が鼻側,耳側,中央のいずれに存在するかで症状が異なる傾向がある。すなわち,鼻側の結膜弛緩では流涙が生じやすく,中央に生じる場合は異所性メニスカスによる角膜上皮障害をきたしやすい。一方で耳側の結膜弛緩は比較的症状が出にくい。
結膜弛緩症は,加齢に伴って高頻度で見られる異常であるが,自覚症状がない場合には手術適応とならない。また,症状がある場合にも,それが結膜弛緩症に起因しているかどうかの判断は重要となる。例えば流涙は結膜弛緩症の主な症状の一つであるが,手術適応を決める前に通水検査などで導涙機能の異常がないかどうかを確かめる必要がある。さらに,流涙が結膜弛緩症に起因する場合でも,もともと涙液分泌量が低下している例では,治療によってドライアイが顕在化して乾燥感を訴える場合があることに注意が必要である。一方で,繰り返す結膜下出血を気にしている場合や,弛緩結膜に沿って角膜上皮障害が生じている場合には積極的に外科的治療を勧める。
Ⅳ.治 療
点眼による保存的治療の効果は限定的であるが,ドライアイを合併している場合は,その治療が症状の軽減に役立つ場合がある。特に弛緩結膜と眼瞼縁との摩擦によって異物感を生じている例では,レバミピド点眼や低濃度ステロイド点眼が一定の症状軽減効果をもたらす場合がある。一方で,根治的な治療の基本は外科的治療であり,弛緩結膜と強膜との癒着を促すことが目的となる。結膜弛緩症に対する外科的治療法には,以下のような術式がある。
1.結膜切除法
結膜と強膜の癒着を最も強力に促すのは,弛緩結膜の切除と縫合であり,涙液メニスカスの再建効果も高い。まず角膜輪部に沿った結膜切開を行い,弛緩の程度に応じて余剰結膜を切除して縫合する。鼻側と耳側,中央部の弛緩の程度に応じて切除量を調節することが可能なので,術後のメニスカス再建を全範囲で行うことが可能である。
2.焼灼法
弛緩結膜をバイポーラなどで焼灼して収縮させるとともに,炎症によって結膜と強膜の癒着を促す。焼灼部位の範囲を決めて正しく焼灼するた めに,鑷子で球結膜を挟んでその部分を焼灼すると容易に行うことができる。(略)
3.強膜縫着法
円蓋部近くで結膜を強膜に縫着する方法。創傷治癒過程によって結膜と強膜の癒着を強化する効果は少ない。術後結膜弛緩の残存や再発はやや多い傾向がある。
お わ り に
結膜弛緩症は,高齢者に多く見られる眼表面疾患の一つであり,慢性の異物感や流涙,繰り返す結膜下出血の原因として重要である。適切に症例と手術
方法を選択すれば,簡便な手術で満足度の高い結果を得ることができるため,もっと広く行われていい小手術といえる。
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