日本医事新報5148(2022・12・24)乳児の眼底出血、所見から虐待の判断は可能?:日本医事新報自著記事から採録 自著記事です
⇒リンク: https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=20986
質疑応答 臨床一般/ 法律・雑件
乳児の眼底出血、所見から虐待の判断は可能?
転倒や低位置からの転落でも眼底出血はあり得るので、それのみでは虐待と判断できない
Q: 最近、児童虐待に関連して、眼科医が小児科医から乳児の眼底出血の有無について意見を求められることが増えています。検査機器も含めて、所見の取り方をご教示ください。
また、「多発性で重層性の網膜出血」とか「両側性の出血」と返事すると、「病因は?」「事故か虐待か区別してほしい」とも要求されます。その際、注意すべきことを、元東京医科歯科大学臨床教授の清澤源弘先生にお聞きしたいと思います。
(東京都K)
A: 眼科医による乳児の眼底出血の報告や文献は、わが国では極めて少ないです。手順としては、患児を散瞳しておいて、体を保持してもらい、開瞼器で瞼を開いて、もし使用できそうな手持ちカメラがあればそれを使い、眼底を撮影して、記録を残しておくのが良いでしょう。観察と記載の要点としては、①左右両眼であるかどうか、②網膜に対して深い層から表層までという意味で、多層性であるかどうか、③部分的ではなくて多発性であるかどうか、に注目して記載するとよいでしょう。
最近は、「AHT(abusive head trauma、乳幼児の虐待による頭部外傷)」と呼ばれることが多くなった「乳幼児揺さぶられ症候群(shaken baby syndrome:
SBS)」での網膜出血の主原因は、揺さぶられたときに、網膜に密着している硝子体が網膜を牽引することにより起こる事故である、とされているようです(1)。これに対して、乳児の転倒や低い位置からの転落に伴って起こる「中村1型」と呼ばれる急性硬膜下出血では、(頭蓋骨の融合が不完全であるにもかかわらず)硬膜下血種に伴う脳圧亢進によって引き起こされる眼底出血であって、テルソン症候群のような機序で起きると考えられています。
確かにAHTに伴う眼底出血は、「多発性」、「重層性」「両側性」などの所見が重なると報告されてきましたが、実は特異的ではないのです。
事故による硬膜下血腫でも、多層性かつ広範囲な眼底出血が明確にありうる、としている論文が2018年に米国から報告されています。日本の児童相談所に相当する機関が目撃者による受傷機転の認証した「低位落下による事故性の外傷」の8例全例全霊において、眼底出血が認められました。また、そのうち3例は多層性、広範囲のものでした2)。
「眼底出血が多層性、かつ多発性である」という所見(図1)から、AHTであるのか、それとも単なる転倒事故の結果であるのか?という推定は可能でも、その確定はできません。
さらに最近の米国の総説論文でも、「乳幼児の眼底出血において、外傷性とされるものの原因が“低位置からの転落や転倒事故であるのか、乳児を揺さぶる虐待であるのか”の鑑別は、所見のオーバーラップがあり慎重であるべきである。この鑑別には、眼底出血の重症度と、眼以外の損傷内容を参考に乳幼児虐待対策チームが家族(養育者)から聴取した既往歴の信憑性を検討してなされる必要がある」としています3)。
わが国では、児童虐待を疑われると、長期で一時保護されやすい傾向です。眼底所見その点も考慮して、眼底所見を述べることはできても、「事故か虐待か、鑑別せよ」と要求された場合には、状況や他の外傷の合併から虐待であると判断できるケースを除いて、「眼底所見だけでは決定できない」と慎重に答えるというのが、私の考えです。
図:転倒事故乳児の眼底 多層性で広範囲な眼底出血Vinchon分類(眼底出血の程度を示す)grade 3(高度)を呈した。注:眼底写真は手持ちカメラで撮影したものなので、通常の眼底写真とは異なり、天地が逆転している
(藤原一枝氏提供)(カラー写真P5参照)
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>文献
1,Maguir SA, et al : Eye (Lond)2013: 27(1).28-36,
4,Atkinson N, et al: Pediatr Emerg Care;1018; 34(12):837-841.
5,Christian CW, et al: Childs Nerv Syst. 2022 doi: 10.1007/s00381-022-05610-8. [Epub ahead of print].
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