2023年2月27日に大阪地裁で、11歳の難聴児の交通事故の賠償として生涯賃金(逸失利益)を健聴児の85%に割り引く判決が下された。判決理由は、聴力に障害のある人はコミュニケーションに影響があるため、労働能力が制限されるとのことである。85%というのは、将来の技術・社会の進歩を考慮したとしており、被告の主張した60%(聴覚障害者の平均賃金)よりは上積みされている。しかし、障害を理由にした賃金格差は障害者差別解消法に抵触している可能性がある。また、障害者の就労などにおける社会的バリアは障害者権利条約で解消が求められており、将来にわたる差別状況を司法が追認することには懸念がある。
 医学的にはほとんどの難聴は知的障害を伴わない。コミュニケーション能力も補聴器や人工内耳の大きな進歩により対面の会話ではほとんど不自由しないという者が多い。先天性に高度難聴があると、複雑な関係性を述べた文などの読解力に問題が生じることがあり、いわゆる9歳の壁と言われている。対策として、厚生労働省の感覚器障害戦略研究(2007〜11年度)で検査と指導方法が開発され、療育・教育の改善も図られているところである。
 当該女児は成績が普通であったことから、一生涯この壁の手前で留まるとは考えにくい。また、聴覚活用が困難な場合は、手話等で言語能力の発達を図る教育が行われるようにもなってきている。さらに、障害による問題が残るとしても、それへの平等の確保と合理的配慮は社会の責務である。
 最近は、音声文字化技術が急速に進歩しているし、職場ではチャットなどの音声を使わない多様なコミュニケーションで仕事が進められることも多くなっている。これらからも、難聴があると将来にわたっても収入が低い職業しか選べないという想定には違和感がある。実際、高度難聴で幼児期から人工内耳を使っている医師も増えたが、難聴を理由に給料が低いことはない。今回の原告の弁護団に難聴や聾(ろう)の弁護士が4名もいたことは、判決に対する最大の批判と言えるかもしれない。
 ※記事中の意見は個人のものであり、所属施設の意見を述べたものではありません。
【参考】
▶ 柳原三佳:事故で亡くなった女児の賠償額、「聴覚障害だったから」で減らしてよいのか. JBpress. 2023.3.3.
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/74192
森 浩一(国立障害者リハビリテーションセンター総長)[聴覚障害][障害者差別解消法][補聴器][逸失利益]:引用終了
https://jiyugaoka-kiyosawa-eyeclinic.com/wadai/9177/